河野太郎の派閥は?【経歴やプロフィールも】

2 min
河野太郎

2021年9月3日河野行政改革担当大臣が総裁選へ出馬する意向を固めていることがわかりました。

そこで今回は河野大臣の派閥や経歴についてまとめていきたいと思います。

河野太郎プロフィール

河野太郎(こうの・たろう)
生年月日:1963/1/10
年齢:58歳(2021.9現在)
出身地:神奈川県 平塚市
配偶者:河野香
学歴:ジョージタウン大学、慶應義塾大学、慶應義塾中等部、平塚市立花水小学校

河野太郎の派閥は?

河野大臣は2021年9月麻生太郎氏が会長を務める「志公会」に所属しています。

河野大臣は自民党でしばらく無所属、その後麻生太郎さんの勧めで宮澤派(宏池会)に所属していましたが、1999年、河野大臣の父や麻生大臣に従い、現在の志公会にのちになる河野グループ(大勇会)に移りました。

河野太郎の派閥「志公会」まとめ

1995年自民党総裁選挙で、現職の総裁は宮澤派の河野大臣の父である河野洋平氏でした。しかし同じ宮澤派である加藤紘一氏は河野洋平氏の再選を支援せず他派である橋本龍太郎氏を支持しました。

そして橋本龍太郎氏が総裁選に当選し、加藤紘一氏が自民党幹事長に就任したことにより、河野洋平氏と加藤紘一氏の対立が決定的になりました。

そして1998年宮澤派が加藤派となり、加藤紘一氏が会長に就任することに河野洋平氏が反発。

派内の加藤会長就任に批判的な議員ら15人とともに河野洋平氏が、1992年大勇会(たいゆうかい)河野派)を結成しました。

2006年9月河野洋平氏が麻生太郎氏に河野グループ(大勇会)会長就任を打診、2006年12月に麻生太郎氏が大勇会(たいゆうかい)を継承しつつ新派閥として為公会麻生派)を立ち上げました。

そして2017年7月自由民主党の派閥「番町政策研究所」との合流により、新派閥「志公会麻生派)」が発足しました。

派閥の名称は「志を高く持ち、公を腹に収めてやってもらいたい」という意味があると麻生氏は語っています。

河野太郎の経歴

河野太郎氏の父は元自由民主党総裁の河野洋平氏。

1981年慶応義塾大学経済学部に入学しますが、2ヶ月で退学。

その後渡米し、マサチューセッツ州アンドーバーでサマースクールに通うなどし1年を過ごした後、1982年ワシントンDCのジョージダウン大学に入学、比較政治学を専攻していました。

大学在学中にポーランド中央計画統計大学に交換留学するなどし、1985年12月にジョージタウン大学を卒業しています。

ジョージ大学在学中には、アメリカの大統領選に立候補した議員の元でボランティアをするなど政治活動にも関わっていました。

帰国後は1986年に富士ゼロックスや、日本端子で勤務していました。

1996年、第41回衆議院議員総選挙神奈川15区から、自民党公認で立候補し当選。

2015年第3次安倍第1次改造内閣において、国家公安委員長兼行政改革担当大臣として初入閣。

2017年8月には第3次安倍第3次改造内閣において、外務大臣に抜擢されました。

2019年9月には防衛大臣に第4次安倍内閣(第2次改造)において防衛大臣に、2020年9月には菅義偉内閣にて行政改革担当大臣に就任しました。

また2021年1月には「新型コロナウイルス感染症ワクチン接種推進担当大臣」にも就任しています。

まとめ

河野大臣の派閥や経歴についてまとめていきました。

最後までお読みいただきありがとうございました。

カテゴリー:

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA