9.11同時多発テロの犯人は誰だったのか?犯人の動機は?

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9.11同時多発テロ

2021年9月11日、2001年に発生した9.11同時多発テロからちょうど20年がたちました。

高層ビルに飛行機が突っ込むというまるで映画のような衝撃的な映像を忘れられないという方も多いのではないでしょうか。

世界を震撼させた、人類史上最悪のテロ事件。

「一体この事件をおこした犯人は誰だったのでしょうか?」また「犯人の動機はなんだったのか?」まとめてみました。

9.11同時多発テロとは?

9.11同時多発テロとは、2001年9月11日イスラム過激派テロリスト集団アルカイダによって行われたアメリカ合衆国に対する4回のテロ攻撃事件のことです。

この攻撃によって2,977人が死亡、25,000人以上が負傷、少なくとも100億ドルのインフラ・財産の損害が発生しました。

1回目のテロ攻撃

9.11テロ攻撃は、8時46分アメリカン航空11便が世界貿易センタービル北棟に激突することからはじまります。

このときはまだ意図的なテロ攻撃ではなく事故ではないかと考えられてました。

2回目のテロ攻撃

1回目のテロ攻撃から数分後の9時3分ユナイテッド航空175便が世界貿易センタービル南棟に激突。

この瞬間意図的な攻撃であると誰もが確信しました。

3回目のテロ攻撃

9時38分、アメリカン航空77便が国防総省に激突。

4回目のテロ攻撃

10時3分、ハイジャックされたユナイテッド航空93便がペンシルバニア州シャンクスヴィルに墜落。

本当は、テロの実行犯は合衆国議会議事堂を狙ったと考えられていますが、他の機でのテロ攻撃を知った機内の乗客が勇敢にも機の奪還に乗り出します。

勇敢な乗客たちの行動により、合衆国議会議事堂への激突は免れますが、墜落する形となってしまいました。

9.11同時多発テロの犯人は誰だったのか?

テロの中核となる実行メンバーは、高い教育を受けており、また英語が堪能で欧米での生活に慣れている優秀なメンバーが抜擢されていました。

彼らはアメリカに渡航した後、航空学校で飛行訓練を受けていたそうです。

こちらが公開された20人のテロ実行犯の写真になります。

そして、この恐ろしい9.11同時多発テロを首謀、計画していたのがアルカイダのトップウサーマ・ビン・ラーディン」ハリド・シェイク・モハメド」の2人になります。

ウサーマ・ビン・ラーディン

9.11同時多発テロの首謀者はアルカイダの指導者「ウサーマ・ビン・ラーディン」とされています。

ビン・ラーディンは同時多発テロ計画のトップとして、テロ計画の統率と資金援助を担当、計画を実行するテロリストの選抜に関与していました。

ビン・ラーディンは当初事件への関与を否定していたそうです。

しかし2004年に一転し新たなビデオ声明を発表、自らがアルカイダの実行犯にテロ攻撃を指示したことを認め、実際に2006年に入手されたビデオではビン・ラーディンがテロの実行犯とともに同時多発テロの準備をしている模様が記録されていました。

テロ事件以降ビン・ラーディンはパキスタンに隠れていましたが、2011年5月2日アメリカ軍特殊部隊に急襲され殺害されました。

ハリド・シェイク・モハメド

2002年4月アルカイダの幹部「ハリド・シェイク・モハメド」は自らが9.11同時多発テロを計画したことを認めました。

同時多発テロを最初に考案したのはモハメドで、1996年初めて計画書をビン・ラーディンに提出、1998年の末頃ビン・ラーディンがモハメドの同時多発テロ計画を承認したことにより、テロ計画がはじまりました。

またモハメドは1993年の世界貿易センターの地下を爆破した「世界貿易センター爆破事件」にも関与、主犯のラムジ・ユセフの叔父でもありました。

2003年3月1日パキスタンで逮捕され、現在も刑務所で生きています。

モハメドの死刑を求刑する裁判が2021年1月11日に開廷される予定でしたが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で遅れ、判決言い渡しは来年か再来年になるといわれています。

9.11同時多発テロの犯人の動機は?

9.11同時多発テロはアルカイダのアメリカに対する憎しみや怒りが犯行の動機といわれています。

ビン・ラーディンは非イスラム教徒がアラビア半島に常駐することは、預言者ムハンマドによって禁じられていると解釈しており、湾岸戦争が勃発した1990年以降8月以降アメリカ軍がサウジアラビアに駐留していることに強い怒りを抱いていました。

1996年8月にビン・ラーディンは最初の「ファトワー(イスラム法学に基づいて発令される布告のこと)」を発し、アメリカに対するジハード(聖戦)を宣言すると共に、アメリカ人をアラビア半島から追い出すようムスリムに呼びかけました。

そして1998年の2度目の「ファトワー」では世界各地でアメリカ人を軍人・民間人の区別なく殺害することが、アメリカ軍に占領されているメッカの聖なるモスクを解放するために全ムスリムに課せられた義務であると宣言し反アメリカに対する思いは過激になっていきます。

またビン・ラーディンは多数のアラブ市民が殺害されたイスラエル軍のレバノン侵攻をアメリカが手助けしたことにも怒りを感じており、この2つの出来事からアメリカに対する憎しみや怒りが大きくなっていったと考えられています。

以下はビン・ラーディンが2004年自らの直接的関与を認めた声明のなかで述べたテロ攻撃を行った動機についてです。

1982年、アメリカはイスラエルがレバノンを侵略することを許可し、侵略を助けるためアメリカ第6艦隊を派遣した……レバノンの破壊されたタワーを目にした私の心に、我々も迫害者たちを同じやり方で罰するべきだという考えが浮かんだ。

我々はアメリカのタワーを破壊して、我々が体験したものの一端を迫害者たちにも体験させるべきであり、そうすることで彼らが我々の女や子供を殺すのを思いとどまるようにすべきだと考えた

まとめ

今回は9.11同時多発テロの犯人は誰だったのか?また犯人の動機についてまとめていきました。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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